こちらでは定期的に「”秀吉のごほうび”コラム」と題して名古屋市中村区生まれの”豊臣秀吉”について雑学を交えながらその人柄や生涯について考えていきたいと思います。
奇想天外な発想から史実に基づいた話まで、
皆様に少しでも興味をもっていただけたら幸いです。

※個人の見解や噂程度の話も含まれますので、
あくまでやさしい気持ちで”エンタメ”として楽しくお付き合いいただけましたら幸いです。

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【”秀吉のごほうび”とは?】
“豊臣秀吉出生の地”として、人々の生活や地名の由来など密接に関わっている名古屋市中村区。
名古屋の下町としての風情がありながら、中部地方最大のターミナル駅である名古屋駅を有する
伝統と革新が入り混じった”人情の街”中村。
そんな街を誇らしく、大切に想い、地の皆様はもちろん、
多くの人に”豊臣秀吉出生の地”中村を知っていただきたい。
生まれ育った街に自分ができることは何か。
そんなことを想いオリジナルプランド”秀吉のごほうび”は誕生しました。

「秀吉のごほうび」特設サイト

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第3回目は、
秀吉が実際に家臣に与えた”ご褒美”についてです。

天下人となった秀吉は、家臣たちにさまざまな褒美を与えました。それは単に感謝の気持ちを表すだけでなく、家臣の忠誠心を高め、豊臣政権を盤石なものにするための重要な戦略でした。では、一体どんなごほうびがあったのでしょうか?

【太閤様からの「お茶碗」】

秀吉が家臣に与えたごほうびの中でも、特に有名なのが茶道具です。茶の湯を深く愛した秀吉は、千利休をはじめとする茶人たちと交流を深め、自身も優れた茶の湯文化を築きました。

その秀吉が、自ら選んだ茶碗や茶入を家臣に与えることは、単なる品物以上の意味を持っていました。
戦国大名というのは普通、戦争に勝って相手の領地を支配すると、配下の武将たちに「恩賞」としてその領地を分け与えられていました。
しかし、天下統一に近付くとともに与える領地の広がりは追いつかない。
織田信長の時代に何か領地や城のかわりに「勲章」のようなものをたくさん用意して、それを配ることを思い付きました。


それは領地や城のかわりに、価値のあるものを褒美にあげることで「あなたの才能や功績を、私自身が認めましたよ」という、特別なメッセージだったのです。

歴史を振り返ると、秀吉から茶道具を拝領したことで、家臣の評価が上がり、出世の足がかりになった例は数多くあります。茶道具は、家臣たちにとって最高のステータスシンボルだったと言えます。

お城まるごとプレゼント!】

「現代では考えられない話ですが、秀吉は家臣にお城を与えることもありました。これは、単に豪華なごほうびというだけでなく、天下人としての権威と財力を誇示する狙いがありました。

秀吉が築いた大坂城は、石垣や天守閣など、当時の最新技術を駆使した巨大な城でした
また、お城の築城を命じることは、家臣の力量を試す場でもありました。築城を成功させた家臣は、秀吉からの信頼をさらに深めることができたのです。

【庶民の心を掴んだ「黄金」のごほうび】

秀吉は、茶道具やお城といった高価なものだけでなく、黄金を惜しみなく与えることでも知られていました。特に朝鮮出兵の際には、戦功のあった武将たちに大量の黄金を与え、その功労に報いました。

また、秀吉が有名な「黄金の茶室」を作ったことは、黄金への強い執着を表しています。この黄金の茶室は、国内外の賓客をもてなす際に使用され、豊臣家の繁栄を象徴する存在でした。

当時、秀吉のご褒美は、単なる贈り物ではありませんでした。それは、家臣の心を掴み、天下統一の夢を叶えるための、秀吉ならではの巧みな戦略だったのです。

さて、もしあなたが秀吉の家臣だったら、どんなごほうびが欲しかったですか?